2尾の天そば [切ない話]
今日、ちょうど定年退職を迎えた初老の男が1人
駅前の立ち食い蕎麦屋で一杯のそばを食べていた。
エビの天ぷらが1尾乗っかった一杯500円のそばだ。
男は30年も前からほぼ毎日、昼休みにはこの店に通っているが、
一度も店員とは話した事が無い。
当然話す理由等も特にないのだが、今日、男は自然に自分と同年齢であろう
店主に話しかけていた。
男 『おやじ、今日、俺退職するんだわ。』
店主 『へぇ・・・そうかい・・・』
会話はそれで途切れた。
他に特に話題がある訳でもない。
男の退職は、今日が店を訪れる最後の日である事を表していた。
すると突然、男のどんぶりの上にエビの天ぷらがもう1尾乗せられた。
男 『お・・おやじ、・・いいのか・・・?』
店主 『なーに、気にすんなって。』
男は涙をこらえながらそばをたいらげた。
些細な人の暖かみに触れただけだが、涙がこぼれ落ちた。
男は退職してからも、この店に通おうと心に決めた。
男は財布から500円を取り出して。
男 『おやじ、お勘定!』
店主 『へい、800円ねー!!』
男がその店に訪れる事は二度と無かった・・・。
2015-03-28 07:18
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